流動解析とインダストリー4.0におけるスマート製造(1): CAE技術の発展とプロセス改善

Dr. 孫士博

インダストリー4.0へと進む現在における射出成形産業のさまざまな発展をシリーズで紹介します。本稿では主にCAEシミュレーション技術の発展、特にプロセス改善について取りあげ、工場生産管理の自動化については別の記事で紹介いたします。

インダストリー4.0への移行にあたっては、「情報」がその主役であり、射出成形プロセスにおける情報とは、プロセス条件、設備や材料の状況、生産する製品の品質そのものであると言えます。情報は「データ」の整理によって生まれ、情報は分析を経て「知識」へと変化します。知識は技術を進歩させるエネルギーであり、インダストリー4.0への移行はデータ・情報・知識の3つの途切れることのない統合、強化のプロセスであると言えます。これまでプラスチック加工産業では、製品、金型設計、成形プロセス条件のほとんどを経験に頼ってきました。工場で収集された情報の多くが包括的なデータを持たない断片的な情報であるため、知識として蓄積することが困難でした。インダストリー4.0時代では、包括的なデータ収集、情報配信の自動化、CAE技術を活用して知識を生み出すことが求められています。

では、データは実際の物理的環境(センサーが収集した数値など)から、どのようにして演算解析が可能な概念へと転換されるのでしょうか? アメリカ国立科学財団IMS(Intelligent Maintenance Systems)センター共同主任であり、Moldex3Dの製造、サービス開発顧問でもある李傑博士は、自身の著書「インダストリアルビッグデータ」(2016)の中でサイバーフィジカルシステムの概念についてこう述べています。「物理的空間・対象物・環境・活動から、ビッグデータを収集・保存・モデル構築・解析・・評価・予測・最適化を連携し、オブジェクトの設計・テスト・運用パフォーマンス特性を統合することにより、物理的空間との深い統合を生み出すものである。産業資産の全面的なスマート化は、自己知覚・自己記憶・自己認識・自己決定により促進される。」

射出成形プロセスの運用において、仮想モデルで実際の加工環境を表す方法がまさに「流動解析」です。物理的空間を仮想環境に置き換えることで、知識の応用による問題解決を実現します。有限要素解析システムの構築プロセスにおいて、対象物はキャビティ、金型、メッシュによって形成された解析の境界範囲になります。物理的な解析は、熱伝導と流体力学方程式によって説明され、解析される対象物とプラスチック材料はその熱と流動特性を材料方程式により変換されます。加工機の挙動は材料にかかる圧力、速度、温度に変換されます。仮想システム内で製品品質と生産効率の計算を行うことで、この射出成形の現象を可視化する事が可能となり、生産工程最適化へ導いてくれます。

仮想空間と物理的空間を結びつけるテクノロジーの進歩は2つの側面を有しています。1つはモデル構築の現実性。もう1つは仮想空間でのデータ解析テクノロジーです。この2つはまた、流動解析ソフトウェアの開発者が目指し続ける方向でもあります。Moldex3Dの開発においては、材料方程式の改良がMoldex3D材料研究センターの使命でした。例を挙げると、材料の粘弾性測定とMoldex3D粘弾性カップリングソルバーは、従来の粘性モデルの方程式による充填解析を改良した新しいテクノロジーです。これにより不安定な流動によるさまざまな表面品質不良をより効果的に予測できるようになりました。粘弾性予測を反り変形解析にまで拡大すると、金型内で製品に発生した収縮応力は冷却時間の経過とともに変化します。そのため、異なる加工プロセスにおける状況を製品変形に反映させることができます。

近年重要性を増しているのが射出成形機の挙動のモデル構築です。従来のシミュレーションではスクリューの作動を単純に溶融材料にかかる速度と圧力に変換しており、この方法ではプラスチック材料の流動挙動が極端に単純化されていました。クローズドループ制御の油圧プレスを例に挙げると、実際の射出段階では、成形機は入力された射出速度と測定された速度を比較して、スクリューの移動を決定します。スクリューの移動速度は、コントローラによって調整された比例弁によって増減されます。 この閉ループ回路の反応速度は、成形機の生産安定性の重要な要素です。製品設計不良や射出圧力の変化の幅が大きい場合には、制御ループの応答が安定するまでに時間がかかります。インダストリー4.0時代では、安定した生産は自動化への必須条件です。そのため、成形機の挙動におけるモデル構築が非常に重要です。

次回は、インダストリー4.0へ進む顧客のために射出成形装置サプライヤーが提供したさまざまなソリューションについて紹介いたします。

 

孫士博 博士
コアテックシステム(Moldex3D) 材料研究センター 主任
アメリカ・コネチカット大学高分子科学博士。主な研究分野は、複合材料、生物医学材料、生分解性ポリマー、工業デザインにおけるプラスチック材料の応用、高分子レオロジー、ポリマー加工、ポリマー物理特性など。コアテックシステムのテクニカルサポートマネージャー、自動車プロジェクトなどに携わり、長期にわたってコアテックシステムのグローバルテクニカルコース、セミナーなどの専任講師を務めました。

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